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『バッドヒストリー』ワールドプレミアパンフレット


1981年(16才)、ジャパンアクションクラブ入団。
戦隊TV、映画、ミュージカル等の下積みを経て、1983年(17才)、『魔拳!カンフーチェン』でメジャデビュー。
以後、テレビ、映画でアクション俳優として活躍。

1988年(23才)、初監督作品『バッドヒストリー』を制作し、単身渡米。
ビバリーヒルズで開催された『アメリカンフィルムマーケット』でワールドプレミアを獲得。
これが高木淳也の『アメリカ挑戦』への始まりである。

●アメリカから学んだ世界の壁

アメリカでは、ドキュメンタリー制作にも取り組み、ギャングのドラッグ戦争を中心に『犯罪』の核心へと攻め入った。
1997年(32才)、アメリカ最大のギャング『クリップス』、『ブラッズ』を題材にしたドキュメンタリー『クライシス
21』は、LAPD(ロス市警)を始めとする司法当局の協力を得て完成した。
その後、自民党公認を得て地方議会議員として地方自治法に取り組み最年少最短(当時)で副議長に就任。
明治大学研究所では、犯罪学に取り組み『脳機能』を題材に明治大学犯罪学研究所参与を務める。
失敗と挫折を記録し続け、“脳機能”の記憶領域に着眼。講演会では『成功法則は存在する』と題し、知識構築と脳機能につ
いて語った。



高木淳也は、当時このようなコメントを残している・・・。

高木「行動は、全て“知識”の上に成り立っている。欠点や弱点が見出され、それを分析し、記憶を入れ替えて行くのだ」。
その後、週刊誌でリアル小説『龍神』を連載し、主演・監督作品に意欲的に取り組み、2008年、日本の俳優が成し遂げた
ことのないアクションに挑戦し、アメリカへの再挑戦を始める。
『新まるごし刑事T・U』、『ニッポン非合法地帯T・U』、『ジャングルクロウ』5本を脚本・監督・主演を務め、更に大
掛かりなスタント・アクションに挑んだ。この全ての撮影工程を半年間で行っている。




2013年(48才)、日本国内外での活躍が認められ『アメリカ合衆国ハワイ州ホノルル市郡功績賞』を受賞。
デビューからの全ての活動がホノルル市郡政府によって記録され、その模様は、ハワイ全土に生放送で中継された。

高木淳也は、現地インタビューでこう語っている・・・。
高木「アメリカに挑戦するということは、ある意味で世界の思考を知るようなものです。多様な人種が大国を支えている訳で
すから、文化や思想の違いはとてつもないエネルギーに溢れているのです。気遣いや配慮が出来なければ淘汰されてしまう。
“自由の国”の象徴は、正に自己責任の基盤の下に構築されています。そこに真の“壁”を感じています。
私は、夢を追うことから現実の自己改革に出会ったのです。挑戦は、正に知識の宝庫でした」



高木淳也は、アメリカにおいて積極的に行政事案にも取り組んだ。
銃犯罪における防犯キャンペーンや護身術の指導、州政府が主管するMMA(総合格闘技)に関する法案作成等である。
その活動は高く評価され、2014年5月にはハワイ州ホノルル市郡政府特別顧問に就任した。
日本人では、初の快挙である。
現在、行政事案にかかわらず司法事案にも積極的に参加して活躍している。




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