がんとの闘いⅡ

 

突然の宣告

“その”兆候は、2015年末、家族で知人が経営する料理店に食事に出かけた時、座位から立位の際のフラつきでした。

私は、父の気の緩みから糖質を摂ってしまい、血糖値の上昇から伴う合併症である神経末梢障害によるものだと思っていたのです。

当時は、運動療法により、食事内容も一般と変わらない栄養素(タンパク質、脂質、糖質等)及びカロリー共に十分に摂れるまでに至っていたので、気を抜かないように助言し、何とか頑張って欲しいと願っていました。

しかし、2016年初頭。それは突然に訪れました・・・

「左手の手先が動かない・・・」。父からの訴えですぐさま確認したところ、左手先が完全に麻痺。

口角も右側につり上がっており、顔面麻痺の初期症状が確認できたのです。直ぐにかかりつけ医に見てもらい、確認を取ります。

この時、脳裏に浮かんだのは、三度目の“脳梗塞”・・・しかし、大手の病院で見てもらった方が良いとの医師の答えに、一瞬“脳腫瘍”の文字が脳裏を過ります・・・。

救急外来も受け入れる設備の整った大手病院で検査を受けることになりますが、内科医が父の病状を見て一言、「糖尿病が酷そうですね・・・」と怪訝な表情を見せます。

それは納得の行くものでした・・・。

様々な検査を行わなくてはならないのに、高血圧や高血糖値の患者は、薬物治療も行なっているため、ヘタをすれば検査中に合併症やアレルギー反応を起こし、重篤な事態に陥ることもあるからです。

どの病院でも嫌がられる病だと改めて痛感します。そして、検査や治療が遅延し、病に打ち負かされるのだと・・・。

医師に持参していた糖尿病手帳を見せ、「薬の服用は一切行っていないこと」、「血圧、血糖値共に正常な数値を長い期間維持していること」を説明し、検査を願い出ました。

内科医も流石にその正常数値には驚きを隠せないようで、コンディションを確かめるように脈や血圧を計り、快く検査を引き受けて下さいました。

そして、父に「良く頑張っていますね」と声をかけて下さったのです。

1~2時間位経った頃に、内科医ではなく、脳神経外科医が姿を現しました・・・。

脳裏にハッキリと“脳腫瘍”の文字が刻まれて行きます・・・。

そして、CTスキャンで検査されたX線画像を示しながら説明が始まったのです・・・。

病名は、恐れていた“脳腫瘍”。しかも2㌢を超える大きさで、出血の痕跡も見られる最悪の事態です・・・。

糖尿病との戦いを順調に進めていた矢先のことで、正直、目の前が真っ暗になったのを今でもはっきりと覚えています・・・。

私は、脳内をフル回転させ、このとんでもない病に勝てるのか、浅学非才な知識を厳探して行きます・・・。

そして、父は直ぐ様、緊急入院となるのです。

 

 

 

原発巣と転移部位を探す

入院後直ぐに原発巣と他の転移部位を特定する検査が始まりました。

私は、食事内容をくまなく記録し、検査の進行と治療を随時確認します。ここで指す治療とは、糖尿病の治療のことです。

癌(がん)検査と共に糖尿病治療も行われることが予測できたからです。

私が恐れていたのは、薬物療法でした。長い時間をかけて断薬を行って来た理由は、二つありました。

冠動脈石灰化がかなり進行していたことと、γGTPの値が高かったことです。脂肪肝の影響も否めませんが、薬物の影響も無視できなかったからです。

転移に関しては、肝臓を一番に疑っていました。そして、薬物に対する依存の傾向が確認できたことです。

冠動脈石灰化とは、心臓の筋肉と栄養を運搬する重要な3本の血管、冠動脈にコレステロール(特に悪玉のLDL コレステロールの変性したもの)を主成分としたプラークが溜まり、時間と共にカルシウムを主成分とする石灰に変化する。現在特効薬はなく、一度血管に出来た冠動脈石灰化は、心臓カテーテル治療を用いてロータブレータというダイヤモンドヘッドの高速回転するドリルで取り除くのが主流となっている。

勿論、私は薬物を全て否定しているのではなく、生活習慣の改善には意欲を持たず、薬物の力を借りて病を治そうとする考え方に賛同が出来ないのです。

特に糖尿病は、悪しき生活習慣から発病する恐ろしい病です。血糖値を下げる薬、血圧を下げる薬、荒れた胃に胃薬を常用し、合併症の眼底疾患に大量の目薬をし、下剤まで手を伸ばしてきます。

そして、一旦効果が見られようものなら手放せなくなり、副作用や生活習慣を改めることはなくなります。薬物依存の生活が新たに始まるのです。

その後に腹膜透析、人工透析へと進み、極端な食事制限と寿命を縮めるカウントダウンが始まります・・・私が癌(がん)検査入院で糖尿病治療を恐れているのは、上記のような理由です。

しかし、幸いにも若き医師とベテランの医療チームは、私達家族の意見を真剣に聴き入れ、対応して下さいました。

病院での1日の摂取カロリーは、1500~1770カロリー。全ての食事をチェックし、記録していきました。

 

 

減塩、糖質制限は勿論のこと糖尿病患者には効果はてきめんでした。二週間ほどで体重は、6㌔ほど減少。

筋肉が落ちないようリハビリにプラス簡易的なスロートレーニングも行います。

目に見えた効果の一つとして、合併症である、糖尿病性神経障害から両足が糖尿病性潰瘍と壊疽が進行していましたが、劇的に回復をみせます。

勿論、冠動脈石灰化による心臓周辺の動脈も大きな原因です。その事案も考慮して生活習慣を変えて行きます。

 

 

加えて、点滴である『ソルデム3A』が更に体内の毒素を排出し、更に口腔から水分を一日1リットル~2リットル補給します。

日頃から父には、水分を1日2リットルは摂って欲しいと伝えていましたが、なかなか実現しなかった成果です。

『ソルデム3A』を1日に500~1000mLを点滴静注し、体内に必要な水分、各種ミネラルや糖質(ブドウ糖)を補給する。

 

 

この他に動脈硬化を抑える血液をサラサラにする薬を1日に1回。

そして、 脳圧降下作用、眼圧降下作用および利尿作用を促す『グリセレブ』が点滴静注されました。

しかしこれは、1日だけで 頭蓋内浮腫の治療として行われたもので、検査中の期間において脳腫瘍が暴れるのを防ぐ薬でしたので了承します。

それ以外の薬は、一切服用していません。癌(がん)との闘いに備えて、最高のコンディションを保たなければならなかったからです。

ここで一番困難なことは、医師との意思疎通です。医師でもない私が薬物療法に関して口を出すなど、本来であればとんでもない行為です。

運動療法や食事療法も科学的、医学的に立証されている訳ではありません。一つ一つのデータを示して、医師の診断を仰ぐしかないのです。

プライドの高い医師に出会っていれば、父は助からなかったかもしれません。幸い父を取り巻く環境と医師団は、最悪の状態を考慮して家族の意見を尊重してくれたのです。

そして、家族の意思を尊重する寛容なる対応は、言い換えれば、父の余命宣告でもあったのです・・・。

加えて家族で一番注意したことですが、病院のシステムを理解し、医師や関係者の立場を尊重することでした。

看護師や理学療法士、栄養士、レントゲン技師に至るまで、気配りを忘れないこと。『最悪の患者』だと吹聴されれば、治療のスピードは瞬く間に低下します。

これは、媚を売ったり、ゴマをするという意味ではなく、病院や医師の利益に反することは、関係者の意欲を削ぐといった実にシンプルな『法則』です。例えカンファレンス(会議)に出席しないスタッフでさえ、味方に出来なければ父が放置される時間は長くなり、癌(がん)には勝てません。

患者のコンディションが悪く、薬に頼りきり、文句ばかり言っている患者に全力を尽くそうなどとは思わない筈です。

決断ができない人間も放置される・・・私は、知り合いの医師を通じ、また知り合いの病に立ち会い、このような悲惨な状況を数多く見てきました。

母もその辺は良く理解しており、看護師や他のスタッフの手を煩わせないよう自分達で出来ることには全力を尽くしたのです。

そして、何より私の妻が快く協力してくれたことは、家族にとって大きな励みとなりました。特に母にとっては、大変心強い拠り所になったと思います。

そして、もう一つ徹底したのが菌を増やさないように口腔内を洗浄することでした。歯磨きの徹底です。

兎に角、口腔内の菌の繁殖率は凄まじく、免疫が低下する状態下では極めて神経を配らなくてはなりません。

成人の口腔内には、300~700種類の細菌が生息しており、歯をよく磨く人で1000~2000億個、あまり歯を磨かない人では4000~6000億個、更に殆ど磨かない人では1兆個もの細菌が住み着くと言われています。

特に糖尿病患者は、白血球の働きが弱くなるため、免疫による生体防御機構が低下し、菌に冒されて行くことになりますから避けなければなりません。

 

原発巣は肺がんであった

父の全ての検査が終わり、私と母は診察室で結果を聴くこととなります。

担当医師がX線写真を見せながら、母と私に説明した脳腫瘍の元凶・・・。

それは『原発性の肺がん』でした・・・。

既に脳に転移しており、原発性肺がんの説明と現在の病院の設備では治療ができない説明を受けます。

 

 

私は、全ての検査結果(X線写真等)を持ち帰り、肺がんの進行状況、他の部位に転移をしていないかを詳細にチェックしました。

バイタルと見合わせ、父のコンディションも再確認して行きます。そして、治療方針を決めていかなくてはなりません。

母も私に一任してくれたため、私の脳内で何度もシミュレーションして行きます・・・。

そして、私が深慮して選択した脳腫瘍に対しての治療は、外科療法及び抗がん剤等を使用した化学療法は行わず、放射線治療であるサイバーナイフでした。

担当医師は、関連病院にはガンマナイフがあると説明してくれましたが、場所も遠く、看護する家族の負担は増し、闘うエネルギーと気力が失われると判断し、そして何よりも父にはガンマナイフは不向きであると確信があったのです。

先ず、ガンマナイフは脳をはじめとする頭蓋内の病変に対してのみ治療が有効であること。また、専用のフレームをピンで頭部に固定する必要があるため、局所麻酔を使用します。二度に渡る脳梗塞の後遺症を伴う体には負担が大きいと考えたのです。

そして、原発性肺癌が確認できた父には、他の部位への転移の恐れが拭いきれませんでした。これに対してサイバーナイフは頭部以外、体幹部の病巣にも治療が可能です。脳腫瘍は転移性の癌(がん)であり、原発巣である肺がんとの闘いも控えているのです。

サイバーナイフとは、ロボットアームの先に取りつけられた放射線治療装置が体の周りを自由自在に動き、集中的に放射線を腫瘍に投与する定位放射線治療(ピンポイント照射)専用の装置のこと。1200方向からの照射は実に誤差も2mm以下で、病変部周辺にある正常細胞や、視神経など重要な組織への影響を最小限にとどめることが可能とされている。

高 木 淳 也

4歳で空手を始め、14歳で極真空手福岡県支部分支部指導員として活躍。

16歳でJAC(ジャパンアクションクラブ)入団。入団直後に空手部門コーチに就任。

17歳でアクションTVドラマ『カンフーチェン』で、アクション俳優として主演デビュー。

以後、真田広之らと映画、テレビで活躍し、2013年、アメリカ合衆国ハワイ州ホノルル市郡政府より、賓客招待され渡米。

アクション俳優及びMartial Arts(武術)のスペシャリストとして政府機関、司法、一般へ向けてのデモンストレーション開催。

同年10月、アメリカ合衆国ハワイ州ホノルル市郡功績賞受賞。

2014年、アメリカ合衆国ハワイ州商務省MMA(総合格闘技)諮問委員就任。

同年、アメリカ合衆国ハワイ州ホノルル市郡政府特別顧問に就任。

2015年、UFCハワイジムで、日本人で初めてMartial Arts(武術)コーチを行う。

コーチ歴は、2017年で38年目を迎えた。

  • ハワイ州ホノルル市郡政府 Martial Arts(武術)スペシャリスト賓客招待者
  • American Red Cross(米国赤十字社)Fast Aid(救急救命上級技能認定者)
  • (公財)日本体育協会公認スポーツ指導者 空手教士七段
  • (公財)日本障がい者スポーツ協会 初級障がい者スポーツ指導員
  • (一社)日本免疫治療学研究会正会員
  • 日本スポーツ精神医学会正会員