がんとの闘い

はじめに

 

約10年に渡る闘病生活を2018年8月10日に終えました・・・。

重度の2型糖尿病からの合併症による二度の脳梗塞発症・・・。

運動療法と食事療法で劇的な回復を見せた後、原発性肺癌による転移性脳腫瘍発症・・・。

外科療法、薬物療法を拒否して、放射線治療のみで闘ってきた経緯をSNSで記載してきました。

一つには、より有益な情報を収集するためと、同じ病で苦しんでいる方々への励ましでもありました。

そして、私達家族の闘病生活は、常に笑いがあり、そのような様子も届けられれば幸いという思いでした。

しかし、病は心臓にまで及び心房細動による不整脈が確認できたため、新たな治療を開始する直前に、恐れていた三度目の脳梗塞を発症・・・。

心房細動による心臓からの血栓が原因でしたが、処置が早かったため血栓を取り除き、右半身麻痺も回復し、翌日には食事を摂り始め、リハビリのスケジュールも組まれ、一週間後には帰宅できる程の回復ぶりを見せていました・・・。

 

三度目の脳梗塞も劇的な回復を見せていた実父・・・。

しかし、48時間が経過した後、肺炎を発症・・・。

原因は、院内肺炎及び溶解剤の影響も否めないとのこと。

大量のステロイドが投与され、一時期は回復したものの、懸命に闘って下げてきた、血糖値が薬物副作用によって上昇。

避けに避けてきたインシュリンが大量に投与され、みるみる体力が低下。

せん妄も酷く、改めて薬物の怖さを目の当たりにしたのです。

家族で懸命に支えてきましたが、79歳の生涯を終えました・・・。

多くの人に囲まれ、愛されてきた人生は、最高だったと思います。

私は、未熟者故、両親には多大なる心労を課せてきました・・・幼少期からケンカに明け暮れ、幾度となく警察のお世話になり、芸能界に入ってからは、命懸けのスタント・アクションにどれだけ心配をかけたことか計り知れません。

両親は、常に笑顔で最後まで私を気にかけ、愛情を注ぎ続けてくれました。

特に父は、男同士ということもあり、大きな理解を示してくれたことを感謝しています。

16歳から仕事を優先してきた私ですが、近年は家族と共に時間を共有して、病と闘えたことは心ばかりの親孝行であり、恩返しでした・・・。

不肖な息子を最後まで愛してくれた父を失った寂しさは、言葉になりません・・・。

格別なるご厚情、ご愛顧を賜りました皆様方には、故人に成り代わり、また、遺族一同この場をお借りして、心より御礼を申し上げます。

東京在住のお付き合いの長い医師の皆さん、私の問い合わせに嫌な顔をせずお付き合い下さいまして、本当にありがとうございました。どれほどの励みとなったかは計り知れません。

蔓延する生活習慣病は、やはり怖い病であり、現実は大変厳しいものでした。

父の想いでもある、闘いの記録は、一冊に纏め、同じ病で苦しんでいる方、また、予防の一環として、流布されることを願っております・・・。

少し落ち着いてから、執筆作業に取り掛かります・・・。

高木淳也

 

高 木 淳 也

4歳で空手を始め、14歳で極真空手福岡県支部分支部指導員として活躍。

16歳でJAC(ジャパンアクションクラブ)入団。入団直後に空手部門コーチに就任。

17歳でアクションTVドラマ『カンフーチェン』で、アクション俳優として主演デビュー。

以後、真田広之らと映画、テレビで活躍し、2013年、アメリカ合衆国ハワイ州ホノルル市郡政府より、賓客招待され渡米。

アクション俳優及びMartial Arts(武術)のスペシャリストとして政府機関、司法、一般へ向けてのデモンストレーション開催。

同年10月、アメリカ合衆国ハワイ州ホノルル市郡功績賞受賞。

2014年、アメリカ合衆国ハワイ州商務省MMA(総合格闘技)諮問委員就任。

同年、アメリカ合衆国ハワイ州ホノルル市郡政府特別顧問に就任。

2015年、UFCハワイジムで、日本人で初めてMartial Arts(武術)コーチを行う。

コーチ歴は、2018年で39年目を迎えた。

  • ハワイ州ホノルル市郡政府 Martial Arts(武術)スペシャリスト賓客招待者
  • American Red Cross(米国赤十字社)Fast Aid(救急救命上級技能認定者)
  • NPO法人武道の学校 理事長
  • (公財)日本体育協会公認スポーツ指導者 空手教士七段
  • (公財)日本障がい者スポーツ協会 初級障がい者スポーツ指導員
  • (一社)日本免疫治療学研究会正会員
  • 日本スポーツ精神医学会正会員